第1章 勤務環境改善は、病院の努力義務です
医師が足りない、看護師が辞めていく、事務の残業が減らない。
勤務環境の悩みは病院ごとに違いますが、国の仕組みは 1 つの条文から始まっています。
医療法は 2014 年から、病院の管理者に医療従事者の勤務環境の改善に努めることを求めてきました。
この章では、その条文と経緯、国が示した取り組み方、そして 2027 年 4 月に始まる認定制度を見ていきます。
医療法の 4 つの条文
勤務環境改善の根拠は、医療法の第 30 条の 19 から第 30 条の 22 までの 4 つの条文です。
平成 26 年(2014 年)6 月の改正で設けられ、同年 10 月 1 日に施行されました。
最初の条文は、病院の管理者に向けて書かれています。
病院又は診療所の管理者は、当該病院又は診療所に勤務する医療従事者の勤務環境の改善その他の医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない。
医療法 第 30 条の 19(e-Gov 法令)
「努めなければならない」は、法律の言葉で努力義務と呼びます。
守らなかったときに罰則や命令があるものではありません。
それでも、病院の管理者が取り組むべきことを法律が名指しした意味は小さくありません。
この条文を受けて、厚生労働大臣が指針を定め、都道府県が支援の仕組みを持つことになっているからです。
出典: 医療法 第 30 条の 19〜第 30 条の 22(e-Gov 法令)
- 病院の管理者勤務環境の改善その他の医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努める。第 30 条の 19
- 厚生労働大臣管理者が講ずべき措置の指針となるべき事項を定め、公表する。第 30 条の 20
- 都道府県相談に応じ、情報の提供と助言をし、調査と啓発をし、必要な支援を行うよう努める。
事務は委託できる。
国はこれに協力する。第 30 条の 21、第 30 条の 22
第 30 条の 21 は、都道府県の支援の拠点としての機能の確保の重要性に留意するよう書いています。
この拠点が、第 2 章で特集する医療勤務環境改善支援センター(勤改センター)です。
全都道府県に置かれ、相談は無料です。
対象は、医師に限らない
条文の主語は「医療従事者」です。
医師だけでなく、看護職員、薬剤師、診療放射線技師や臨床検査技師などの技師、リハビリの職種、事務職員まで、病院で働く人の全体を指します。
この点は、2024 年 4 月に始まった医師の時間外労働の上限規制(第 3 章)と区別しておく必要があります。
上限規制は労働基準法の特例で、対象は医師です。
勤務環境改善の努力義務は医療法の規定で、対象は病院で働く全職種です。
医師の働き方改革の議論が目立つ分、看護職員や事務職員の勤務環境が置き去りになりやすい、と検討会の資料も指摘しています(医師の働き方改革に係る現状等(厚生労働省PDF)67 ページ)。
厚生労働省は、2024 年 4 月以降の支援の方向を「新しい制度への対応を急ぐ段階」から「労働時間の短縮を含めた具体的な勤務環境改善の取組を進めていく段階」へと整理し、医師以外の医療従事者を含めた病院全体の取組に焦点を当てると書いています。
2013 年の「雇用の質」から 2027 年の認定制度まで
勤務環境改善の仕組みは、看護職員の確保から始まりました。
厚生労働省は 2013 年に、医療分野の「雇用の質」向上のプロジェクトチームを置き、看護職員を中心に医療機関の雇用の質を高める取組を進めました。
翌 2014 年の医療法の改正で、対象が医師を含む医療従事者全体に広がり、都道府県の勤改センターの設置が始まりました。
2017 年 3 月までに全都道府県に置かれています。
- 2013 年医療分野の「雇用の質」向上プロジェクトチーム。
看護職員の確保の観点から、医療機関の雇用の質を高める取組を推進 - 2014 年 10 月改正医療法の施行。
勤務環境改善が病院の努力義務に。
マネジメントシステムの指針を告示(9 月 26 日)。
都道府県に勤改センターの設置が始まる - 2017 年 3 月全都道府県に勤改センターが置かれる
- 2019 年 4 月働き方改革関連法の施行。
医師以外の医療従事者に時間外労働の上限規制(中小企業は 2020 年 4 月)。
勤務間インターバルの確保が事業主の努力義務に - 2021 年 5 月改正医療法の成立。
医師の時間外労働の上限の特例、面接指導、勤務間インターバル、評価センターの仕組み - 2024 年 4 月医師の時間外労働の上限規制が始まる(第 3 章)
- 2026 年 5 月健康保険法等の一部を改正する法律が成立(6 月 5 日公布)。
業務効率化と勤務環境改善の努力義務、基金の新区分、認定制度 - 2027 年 4 月改正法の施行(一部は 1 月)。
認定制度が始まる - 2035 年度末医師の B 水準と連携 B 水準の解消が目標(第 3 章)
出典: 医師の働き方改革に係る現状等 2〜3 ページ(厚生労働省PDF)、勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き 改訂版の「改訂にあたって」(いきサポ)
並べてみると、2014 年の「努力義務」は、2024 年の医師の上限規制で「守るべき決まり」を一部に含むようになり、2027 年の改正法で「取り組む病院を認定する仕組み」へと広がっていく流れが見えます。
マネジメントシステムの 7 つのステップ
医療法第 30 条の 20 に基づく指針は、「医療勤務環境改善マネジメントシステムに関する指針」として 2014 年 9 月 26 日に告示され、同年 10 月 1 日から適用されています。
マネジメントシステムという言葉は難しく聞こえますが、中身は、病院が PDCA サイクルで計画的に勤務環境の改善に取り組む仕組みのことです。
国は、その具体的な進め方を「医療分野の『雇用の質』向上のための勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き」(改訂版。
平成 30 年 3 月)にまとめ、いきいき働く医療機関サポート Web(いきサポ(厚生労働省))で公開しています。
手引きは、取組を 7 つのステップに分けています。
- 1 方針表明管理者が取組の方針を職員に周知し、取組を始める。
- 2 体制整備医師、看護職、薬剤師、事務職員など多職種による継続的な体制を作る。
- 3 現状分析客観的な分析で課題を明確にする。
職員へのアンケートもここで。 - 4 目標設定病院のミッションとビジョンを確かめ、目標を決める。
- 5 計画の策定目標を達成するための実施事項を決める。
- 6 取組の実施1 つ 1 つ、着実で継続的に実践する。
- 7 評価・改善成果を測り、次のサイクルにつなげる。
出典: 医療分野の「雇用の質」向上のための勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き(改訂版)(いきサポ)
手引きは、ステップごとに使う 5 つのシート(推進体制整備シート、現状分析シート、現状診断・対策立案シート、アクションプラン・シート、PDCA 運営シート)も用意しています。
手引きの冒頭には、「医療スタッフの安全と健康は、患者の安全と健康を守る」という基本認識が書かれています。
シートを自院に当てる手順は第 7 章で扱います。
手引きは法律の義務ではなく、使い方の参考書です。
病院の規模や職種の構成に合わせて、できるところから使えばよいものです。
進め方に迷うときは、都道府県の勤改センターのアドバイザーが、アンケートの設計や計画の作成を手伝います(第 2 章)。
2026 年の改正法で変わること
2026 年 5 月 29 日に健康保険法等の一部を改正する法律(令和 8 年法律第 31 号)が成立し、6 月 5 日に公布されました。
医療保険の制度改正が中心の法律ですが、医療機関の業務効率化と勤務環境改善の取組に係る措置も含まれています(健康保険法等の一部を改正する法律の概要(厚生労働省PDF))。
病院にかかわる変更は 4 つです。
- 努力義務に「業務の効率化」が加わる医療法第 30 条の 19 が「良質かつ適切な医療を効率的に提供するため、当該病院又は診療所における業務の効率化及びその医療従事者の勤務環境の改善その他の医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない」に改められます。
健康保険法にも、保険医療機関の責務として同じ趣旨の規定が置かれます。医療法 第 30 条の 19 の改正、健康保険法 第 70 条第 5 項の新設 - 基金に新しい区分ができる地域医療介護総合確保基金の対象事業に「医療機関の業務の効率化及びその医療従事者の勤務環境の改善の支援に関する事業」が加わります。
国は、業務の DX 化に令和 7 年度の補正予算で 200 億円を計上しています。地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律 第 4 条 - 取り組む病院を厚生労働大臣が認定する計画を作り、業務効率化と勤務環境改善を推進する病院を厚生労働大臣が認定する仕組みが設けられます。
認定を受けた病院は、省令で定める表示ができます。同法 第 13 条の 10〜第 13 条の 13 の新設 - 勤改センターの役割が広がる都道府県と勤改センターの事務に、業務の効率化に関する相談と助言が加わります。医療法 第 30 条の 21 の改正
施行は 2027 年 4 月 1 日(一部は 2027 年 1 月 1 日)です(健康保険法等の一部を改正する法律の成立について(報告)(厚生労働省PDF))。
認定制度は、計画と委員会と公表
認定制度の条文は、法律案の新旧対照条文で読むことができます。
認定を受けるには、病院の管理者が 3 つの要件を満たして申請します。
1 つ目は、国の総合確保方針に即した「業務効率化・勤務環境改善計画」を作っていること。
計画には、計画期間、達成しようとする目標、取組の内容と実施時期を書きます。
2 つ目は、計画の進捗と効果を評価する委員会を置き、その評価を踏まえて計画を見直し、取組を円滑に実施する体制を確保していること。
3 つ目は、厚生労働省令で定める基準に適合していることです。
申請は、病院の所在地の都道府県知事を経由して厚生労働大臣に出します。
認定を受けた病院は、毎年少なくとも 1 回、取組の実施状況を公表しなければなりません。
表示ができるのは認定から 6 年に限られ、認定病院でないものが紛らわしい表示をすることは禁じられます。
要件を満たさなくなったとき、計画どおりに取組を実施しないとき、公表をしないときや虚偽の公表をしたときは、認定を取り消すことができます。
省令で定める基準、表示の形、申請の様式は、この講座を書いている 2026 年 10 月の時点では決まっていません。
決まり次第、この章を直します。
附帯決議は、責務の明確化にあたって現場の実態を把握し、医療の安全と質、患者のプライバシーと個人情報の保護に留意し、現場で働く人の負担軽減に資する取組とするよう政府に求めています。
認定制度に向けて今からできることは、第 7 章のマネジメントシステムの手順そのものです。
計画を作り、評価する体制を持ち、年に 1 回は見直す。
その積み重ねが、2027 年に求められる要件と重なります。
自院で確かめること
- 勤務環境改善を進める多職種のチームか担当者が決まっているか。
国の手引きを見たことがあるか。 - 36 協定を結び、労働基準監督署に届け出ているか。
医師の特別延長時間を含めて、協定の内容を把握しているか。 - 職員の労働時間を、タイムカードや勤怠システムなど客観的な方法で把握しているか。
勤務環境改善の相談先は、都道府県の医療勤務環境改善支援センターです。
第 2 章で、その仕組みと使い方を特集します。
この章の一次資料
- 医療法 第 30 条の 19〜第 30 条の 22、第 105 条(e-Gov 法令)
- 健康保険法等の一部を改正する法律(令和 8 年法律第 31 号)の概要 2026 年 6 月 5 日公布(厚生労働省PDF)
- 健康保険法等の一部を改正する法律の成立について(報告)第 128 回 社会保障審議会医療部会 資料 3 2026 年 6 月 17 日(厚生労働省PDF)
- 健康保険法等の一部を改正する法律案 新旧対照条文 2026 年 3 月 13 日提出(厚生労働省PDF)
- 医師の働き方改革に係る現状等 令和 8 年度 医師の働き方改革の推進等に関する検討会 第 1 回 資料 2-1 2026 年 7 月 13 日。
2〜3 ページ、67 ページ(厚生労働省PDF) - 医療分野の「雇用の質」向上のための勤務環境改善マネジメントシステム導入の手引き(改訂版)平成 30 年 3 月(いきサポ)
- 勤務環境の改善とは(いきサポ)
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