第3章 給付を広げた時代(1961〜1973 年)
皆保険のあと、日本は高い経済成長の中で、保険の給付を広げていきました。
この章では、国民健康保険の 7 割給付、高額療養費、そして 1973 年の老人医療費の無料化までを見ます。
この時代の数字(1960 年 → 1973 年)
- 国民医療費0.4 → 3.9兆円1960 年度 4,095 億円、1973 年度 3 兆 9,496 億円
- 高齢化率5.7 → 7.1%1960 年 → 1970 年
- 出生数209.2万人1973 年。第 2 次ベビーブーム
- 死因の第 1 位脳血管疾患死亡率は 1970 年の 175.8 が最も高い
図の高さは、数字ごとに最も大きい値を上にそろえた。
国民医療費は令和 5 年度 国民医療費 統計表 第 1 表、高齢化率は国勢調査、出生数と死因は人口動態統計
国民健康保険は 5 割から 7 割へ
皆保険のとき、国民健康保険の給付は被用者保険より低いものでした。
白書によると、1961 年 4 月の時点で市町村の国民健康保険の 93.5% は給付率が 5 割でした。
給付率は、世帯主は 1963 年の改正で原則 7 割に、世帯員は 1966 年の改正で 7 割に引き上げられ、1968 年 1 月から実施されました(厚生労働省PDF)。
1962 年には抗生物質などの使用の制限が外れ、1963 年には診療報酬の地域差が無くなりました。
高額療養費制度は 1973 年の創設のとき、自己負担の月 3 万円を超える分を支給した。
出典: 平成 19 年版 厚生労働白書 印字 16 頁、19 頁(厚生労働省PDF)、平成 23 年版 印字 45〜46 頁、53 頁(厚生労働省PDF)
1973 年は「福祉元年」
1973 年、健康保険の家族の給付が 5 割から 7 割に上がり、高額療養費制度ができました。
白書は「医療費に占める患者負担の割合は低下し、医療機関を利用しやすい環境が整備された」と書いています(厚生労働省PDF)。
この年は「福祉元年」と呼ばれました。
各年度。
出典: 令和 5 年度 国民医療費 統計表 第 1 表(厚生労働省)
国民医療費は、1965 年度に初めて 1 兆円を超えました。
高額療養費制度の今の仕組みは、医療費の見える化講座の用語集「高額療養費制度」で解説しています。
高齢化率 7%、無料化を求める声
1963 年に老人福祉法が作られ、老人ホームや高齢者の健康診査が始まりました。
1971 年の世論調査では、高齢者の生活と健康を守るために国に一番力を入れてほしいこととして、「老人医療費無料化」が 44.0% で最も多くなりました(厚生労働省PDF)。
東京都や秋田県などの自治体は、すでに高齢者の窓口の負担を肩代わりしていました。
平成 23 年版の白書は、1973 年の老人医療費の無料化に至る事情を、次のように書いています。
1970(昭和 45)年になると、日本は 65 歳以上人口(当時は「老年人口」)比率が 7.1%となり、国連の定義にいう高齢化社会に入った。
当時の医療保険の家族給付率が 5 割であったこと等から、高齢者は医療費負担のために受療を敬遠し、必要な医療が受けられない恐れがあると指摘されていた。
平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 印字 52 頁(厚生労働省PDF)
1973 年 1 月、老人医療費の無料化
次の章では、無料化のあとに何が起き、どう見直されたかを見ます。
制度や数値は掲載時点の情報です。最新の内容は所管の原文でご確認ください。 時代の区分は平成 19 年版厚生労働白書に従い、2000 年より後は改正の年で区切りました。数字は国の統計の公表値で、統計ごとに対象と時点が違います(各図の注を参照)。 内容の誤りは訂正受付窓口からお知らせください。