第5章 病床の規制と機能分化(1985〜2000 年)

執筆者/監修

病院ドック編集部

病院ドック運営(株式会社ウェブリク)

病院ドックを運営する株式会社ウェブリクの編集部が、病院の運営にかかわる制度と行政の仕組みを、公的資料をもとに要点をしぼって解説します。

一般の方の目線で医療を分かりやすく伝えることを目指しています。

1985 年、医療法が大きく改正され、都道府県が医療計画を作るようになりました。
この章では、病床の規制、病院の機能を分ける改正、そして高齢化率 14% の中で介護保険が構想されるまでを見ます。

この時代の数字

  • 病院の病床数168.7万床1992 年。1,686,696 床が最多
  • 病院の数10,0961990 年が最多
  • 高齢化率14.6%1995 年
  • 国民医療費30.1兆円2000 年度。国民所得の 7.68%
この時代の数字の歩み。色を敷いた所が、この章の時代(1985〜2000 年)
第 2 章第 3 章第 4 章第 5 章第 6 章第 7 章19611973198520002014019501960197019801990200020102020203020401992 年 168.7 万床1990 年 10,0961995 年 14.6%2000 年 30.1 兆円高齢化率国民医療費病院の病床数病院の数

図の高さは、数字ごとに最も大きい値を上にそろえた。
病床数と病院の数は医療施設調査、高齢化率は国勢調査、国民医療費は令和 5 年度 国民医療費 統計表 第 1 表と後期高齢者医療事業年報 表 16

1985 年、医療計画と必要病床数

平成 19 年版の白書は、第 1 次医療法改正の理由を次のように書いています。

1973(昭和48)年の老人医療費無料化(16頁参照)に伴う病床の急激な増加もあり、我が国の病床数の量的確保は1985(昭和60)年頃までにほぼ達成されていたが、地域的な偏在が見られ、また、医療施設の機能分担も不明確であった。そこで、1985年に、都道府県ごとに医療計画を策定し、地域における体系立った医療体制の実現を目指す医療法の大幅な改正が行われた(第1次医療法改正)。

平成 19 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 1 章 印字 8 頁(厚生労働省PDF)

都道府県知事は、二次医療圏ごとに必要病床数を決め、それを上回る地域では、病院の開設や増床について勧告できるようになりました。
白書は、これで「自由開業制に一定の制約が課されることとなった」と書いています。
今の基準病床数と、許可と勧告のしくみは、病院と行政の役割分担講座の第 3 章「都道府県の役割」で解説しています。

病床数は 1992 年が最も多い

図 5-1 病院の病床数(1975〜2000 年)。総数は 1992 年が最多
05010015020019751984199019952000万床116.4146.7164.71992 年 168.7 万床(最多)精神結核療養型病床群その他(一般など)

1983 年以前は 12 月 31 日、1984 年からは 10 月 1 日現在。
療養型病床群は 1993 年から(1995 年は病院報告の 9 月末の値)。
その他は一般、伝染、らいなど。
1992 年の総数は平成 12 年の概況の本文と平成 19 年版白書の図表 1-1-2。
1975 年より前の病床数は、国の統計表を公開のサイトで確かめられなかったため載せていない。
出典: 平成 8 年 医療施設調査 上巻 第 2 表、平成 12 年 医療施設調査(厚生労働省)

白書は、改正の結果を「制度施行前のいわゆる「駆け込み増床」を最後に、病院病床数の伸びに歯止めがかかることとなった」と書いています(厚生労働省PDF)。
病院の病床数は 1992 年の 1,686,696 床が最も多く、そのあと少しずつ減っています。
病院の数は 1990 年の 10,096 が最も多くなりました。

1992 年と 1997 年、病院の機能を分ける

平成に入ると、病院の機能を分けるための医療法の改正が続きました。
白書は 1992 年の第 2 次改正を「医療施設の機能分化を図る観点から」と書いています(厚生労働省PDF)。

  • 1992 年 第 2 次改正特定機能病院(高度の医療。主に大学病院)、療養型病床群(長く療養する患者のための病床)。
    医療法に医療の理念を書いた。
  • 1997 年 第 3 次改正地域医療支援病院(かかりつけの医師を支える病院)。
    説明と同意(インフォームド・コンセント)の努力義務。
  • 2000 年 第 4 次改正一般病床と療養病床に分けた(第 6 章)。

特定機能病院と地域医療支援病院の違いは、コラム「特定機能病院と地域医療支援病院の違い」で解説しています。

国民医療費と、本人 2 割負担

図 5-2 国民医療費と、国民所得に対する割合(1975〜2000 年度)
010203040197519801985199019952000兆円0%2.5%5%7.5%10%5.22%6.15%7.68%20.6国民医療費(左の軸)国民所得に対する割合(右の軸)

2000 年度から介護保険に移った費用を含まない。
国民所得に対する割合は、国民経済計算の改定で公表の版ごとに値がずれる。
出典: 令和 5 年度 国民医療費 統計表 第 1 表(厚生労働省)、後期高齢者医療事業年報 令和 6 年度 表 16(e-Stat)

1997 年、被用者保険の本人の負担は 1 割から 2 割になりました。
白書はその理由を、「保険料収入が伸び悩む一方、高齢化等に伴い医療給付費が伸びたことから、医療保険財政は大幅に悪化した」と書いています(厚生労働省PDF)。
国民医療費は 1990 年度に 20 兆円、1999 年度に 30 兆円を超えました。

高齢化率 14%、ゴールドプランから介護保険へ

1989 年 12 月 ゴールドプラン2000 年までの整備の目標ホームヘルパー10 万人デイサービス1 万か所ショートステイ5 万床特養と老人保健施設24 万床と 28 万床

老人医療費の無料化と福祉施設の不足は、社会的入院を生んでいました。
1986 年には、病院での治療よりも看護、介護、機能訓練が必要な高齢者のための老人保健施設ができました。
1989 年 12 月には、在宅の福祉を中心に整備の目標を掲げた「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」が作られ、1994 年に新ゴールドプランに見直されました(厚生労働省PDF)。

高齢社会白書は「昭和45(1970)年から24年後の平成6(1994)年に14%に達した」と書いています(内閣府)。

平成 23 年版の厚生労働白書は、介護保険の構想が出た理由を次のように書いています。

増大する介護需要に対して新ゴールドプランが策定されたものの、施設の整備だけでなく要介護高齢者本人の意思を尊重し、本人の自立にとって最適のサービスを提供できる体制の確保が必要と考えられた。また、バブル経済崩壊後の経済情勢や国の財政収支の悪化を踏まえ、一般財源だけでは高齢者のケアをまかなうのは難しいとの政策判断から、1994(平成 6)年末には介護保険の構想が提示された。

平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 印字 67 頁(厚生労働省PDF)

介護保険法は 1997 年に成立し、2000 年 4 月に始まりました。
介護保険と後期高齢者医療の違いは、コラム「介護保険と後期高齢者医療保険の違い」で解説しています。
次の章では、2000 年からの介護保険と医療制度の改革を見ます。

この章の一次資料

  • 平成 19 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 1 章 我が国の保健医療をめぐるこれまでの軌跡(厚生労働省PDF) 印字 8 頁、10〜11 頁
  • 平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 社会保障制度の発展を振り返る(厚生労働省PDF) 印字 61 頁、66〜67 頁、75 頁
  • 平成 12 年 医療施設調査 結果の概要(厚生労働省)
  • 令和 8 年版 高齢社会白書 第 1 章 第 1 節 1(内閣府)
  • 令和 5 年度 国民医療費 統計表(厚生労働省)

制度や数値は掲載時点の情報です。最新の内容は所管の原文でご確認ください。 時代の区分は平成 19 年版厚生労働白書に従い、2000 年より後は改正の年で区切りました。数字は国の統計の公表値で、統計ごとに対象と時点が違います(各図の注を参照)。 内容の誤りは訂正受付窓口からお知らせください。