第4章 老人医療費の無料化と、その見直し(1973〜1985 年)

執筆者/監修

病院ドック編集部

病院ドック運営(株式会社ウェブリク)

病院ドックを運営する株式会社ウェブリクの編集部が、病院の運営にかかわる制度と行政の仕組みを、公的資料をもとに要点をしぼって解説します。

一般の方の目線で医療を分かりやすく伝えることを目指しています。

老人医療費の無料化で、高齢者は病院にかかりやすくなりました。
一方で、老人医療費は急に増え、高齢者の多い国民健康保険の財政は厳しくなりました。
この章では、白書が挙げた数字と、1982 年の老人保健法、1984 年の本人 1 割負担までを見ます。

この時代の数字

  • 70 歳以上の入院の受療率2,098 → 3,4781970 年 → 1975 年。人口 10 万対
  • 老人医療費4,289 → 8,666億円1973 年度 → 1975 年度
  • 国民医療費に占める老人医療費の割合10.9 → 25.4%1973 年度 → 1985 年度
  • 病院の病床数116.4 → 146.7万床1975 年 → 1984 年
この時代の数字の歩み。色を敷いた所が、この章の時代(1973〜1985 年)
第 2 章第 3 章第 4 章第 5 章第 6 章第 7 章19611973198520002014019501960197019801990200020102020203020401970 年 2,0981975 年 3,4781973 年 4,289 億円1975 年 8,666 億円1973 年 10.9%1985 年 25.4%1975 年 116.4 万床1984 年 146.7 万床70 歳以上の受療率入院。人口 10 万対老人医療費老人医療費の割合国民医療費に占める割合病院の病床数

図の高さは、数字ごとに最も大きい値を上にそろえた。
受療率は患者調査、老人医療費と割合は後期高齢者医療事業年報 令和 6 年度 表 16、病床数は医療施設調査

受療率は 5 年で約 1.7 倍

図 4-1 70 歳以上の受療率(1970〜1984 年)
0500010000150002000019701973197519801984人口 10 万対外来入院2,0988,6983,47815,2701973 年 1 月 無料化

人口 10 万対。
1983 年以前は 7 月、1984 年からは 10 月の調査。
受療率は、病気の広がりのほか、保険の制度の変更の影響も受ける。
出典: 平成 29 年 患者調査 上巻 第 4 表(e-Stat)

平成 23 年版の白書は、無料化のあとを次のように書いています。

1973(昭和 48)年 1 月に実施された老人医療費支給制度により、従前と比べて高齢者は医療機関にかかりやすくなり、老人医療費が急増することとなった

70 歳以上の者の受療率は、1970(昭和 45)年から 1975(昭和 50)年までの 5 年間で約 1.7 倍に上昇した

平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 印字 56 頁(厚生労働省PDF)

白書は続けて、病院の待合室に高齢者がつめかける「病院のサロン化」や「過剰受診・過剰診療」が指摘されるようになったこと、寝たきりなどの事情で入院を続ける「社会的入院」が現れ始めたことを書いています。

老人医療費は 2 年で約 2 倍

図 4-2 老人医療費と、国民医療費に占める割合(1973〜1985 年度)
02461973197519801985兆円0%10%20%30%10.9%25.4%1983 年 2 月 老人保健法老人医療費(左の軸)国民医療費に占める割合(右の軸)

1983 年 1 月までは老人医療費支給制度(70 歳以上)、2 月からは老人保健法の対象者。
年報は 1981 年度と 1982 年度、1982 年度と 1983 年度を単純に比べられないとしている。
出典: 後期高齢者医療事業年報 令和 6 年度 表 15、表 16(e-Stat)

老人医療費は、1973 年度の 4,289 億円から、1975 年度には 8,666 億円になりました。
1973 年には第 1 次オイルショックが起き、経済は高い成長から安定した成長に移りました。
白書は、高齢者の加入が多い国民健康保険が「老人医療費急増の直撃を受けて」財政が非常に厳しくなったと書いています(厚生労働省PDF)。

1982 年、老人保健法

1982 年 8 月制定、1983 年 2 月施行老人保健法の 3 つの柱¥負担高齢者にも一部の負担費用公費と各保険者の拠出で分ける保健事業40 歳以上の健康診査など

平成 23 年版の白書は、老人保健法の理由を、老人医療費の急増と国民健康保険の財政に加えて、病気の形の変化で説明しています。

日本人の疾病構造が、高血圧、脳血管疾患、心臓病などの生活習慣病*中心に変化してきている中で、高齢者の健康という観点からは、壮年期からの生活習慣病の予防や早期発見のための対策が重要であった。このような老人医療に関わる様々な問題に対応するため、1982(昭和 57)年 8 月に「老人保健法」*が制定され、翌年 2 月から施行された。

平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 印字 57 頁(厚生労働省PDF)。*の注は「当時は「成人病」と呼ばれていた」

1981 年には、悪性新生物(がん)が死因の第 1 位になっていました。
老人保健法で、健康診査などの保健事業の対象は 40 歳以上に広がりました(厚生労働省PDF)。

1984 年、本人 1 割負担

被用者保険の本人の窓口の負担は、1984 年に定額から 1 割になりました。
白書はその理由を次のように書いています。

経済成長が鈍化する一方で、医療費は経済成長率や国民所得の伸びを上回る形で増加傾向を示し、医療費と国民の負担能力との間のかい離が拡大するおそれが生じた。このため、1984(昭和 59)年に健康保険法が改正*され、サラリーマンである被保険者本人に 1 割の自己負担*を求めることとなった。

平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 印字 59 頁(厚生労働省PDF)

国民医療費の国民所得に対する割合は、1970 年度の 4.09% から 1975 年度に 5.22%、1983 年度に 6.29% になっていました(後期高齢者医療事業年報 表 16 ほか)。
同じ 1984 年には、退職したサラリーマンの医療費を被用者保険が支える退職者医療制度と、保険外の診療との併用を認める特定療養費制度もできました。

医師の養成も見直された

医学部の入学定員増やし、そして見直す1961 年2,840 人1984 年(過去最高)8,280 人2004 年7,625 人(約 7.9% 減)

一県一医大構想で医学部が増え、入学定員は 1984 年に過去最高の 8,280 人になりました。
平成 23 年版の白書によると、1984 年には医師が人口 10 万人あたり 150.6 人となり、1985 年までに 150 人とする目標を達成しました(厚生労働省PDF)。
1982 年の閣議決定は、医師について「全体として過剰を招かないように配意」するとし、1986 年には厚生省の検討委員会が、1995 年をめどに医師の新規参入を 10% 程度減らすよう提言しました(厚生労働省PDF)。

老人医療費の今の形(後期高齢者医療制度)のお金の流れは、医療費の見える化講座の第 5 章「若い世代から高齢者への仕送り」で解説しています。
次の章では、病床の規制と、病院の機能を分ける改正を見ます。

この章の一次資料

  • 平成 23 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 2 章 社会保障制度の発展を振り返る(厚生労働省PDF) 印字 56〜60 頁
  • 平成 19 年版 厚生労働白書 第 1 部 第 1 章 我が国の保健医療をめぐるこれまでの軌跡(厚生労働省PDF) 印字 6 頁、9 頁、22 頁
  • 後期高齢者医療事業年報 令和 6 年度 表 15、表 16(e-Stat)
  • 平成 29 年 患者調査 上巻 第 4 表(e-Stat)
  • 令和 7 年 人口動態統計(確定数)の概況(厚生労働省)

制度や数値は掲載時点の情報です。最新の内容は所管の原文でご確認ください。 時代の区分は平成 19 年版厚生労働白書に従い、2000 年より後は改正の年で区切りました。数字は国の統計の公表値で、統計ごとに対象と時点が違います(各図の注を参照)。 内容の誤りは訂正受付窓口からお知らせください。